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2009年4月13日 《時事論文要約》 『 総力特集 さらば、小沢一郎 』
WiLL』2009年5月号
「総理にならなくてほうとうによかった」岩見隆夫(毎日新聞客員編集委員)
「私が追及した小沢一郎の金脈」松田賢弥(ジャーナリスト)
「国策捜査なんて有り得ません」河上和雄(元最高検公判部長・弁護士)
『WiLL』2009年5月号に掲載された表題の幾つかの論文は、民主党の小沢一郎代表の公設第一秘書逮捕に関する小沢氏の記者会見を巡って執筆された各界有識者の論評ですが、その中で注目に値する幾つかの見解を《抜粋》の形で紹介をしておきたいと思います。
先ず、岩見氏は論文の冒頭で、「小沢一郎民主党代表の公設第一秘書が逮捕された。それを『国策捜査』と検察批判をする週刊誌やテレビが多いが、おかしなことである。……政権交代が行われる選挙が近づく時期に捜査が行われるのは乱暴だ、という論理のようだが、全く逆だ。疑惑があるならば、つまり危なっかしい人物が総理になる恐れがあるならば、総理になってしまう前に捜査をしてもらわなければ困る。その方が筋が通っている」と述べ、「頭に小沢という人物が座ることのある種の危うさを私はずっと憂いてきた……困ったことだが、今の政党には自浄能力がない。軌道修正するとしたら検察しかない。だから、最後には検察が動いた。今回の件で、選挙が迫ったこの時期に一つの風穴が空いたことは注目に値する」と明快に言い切っています。
更に、岩見氏は「小沢氏はよく『壊し屋』と評されるが、そんな単純なものではない、私は小沢政治を『BND戦略』と表現している。Bは『分断』、Nは『乗っ取り』、Dは政権の『奪取』だ。彼はこの二十年間、この三つを繰り返し行ってきた」と分析し、小沢氏が自民党幹事長になって以来の20年間を回想し、小沢氏がどのようにBNDを行って来たかを紹介し、「何のために小沢氏はBNDを繰り返してきたのかが問題である」として「権力奪取が自己目的化してしまっていて、ともかく権力を握りたいということに人生をかけている。総理になって何かしたいということではなく、総理大臣を使う権力を手中におさめたい。私は彼を、民主主義の衣をまとった『和製スターリン』だと言っている。だからこそ、危ない人物だと言わざるを得ない」と、厳しい論評をしています。
次に「小沢一郎の金脈」を執筆した松田氏も冒頭、「小沢一郎という政治家の正体、どういう男なのか、国民が何も知らされないまま政権交代が行われ、権力を握る――こんな恐ろしいことはありません」として、小沢一郎氏の資金源を次のように暴露しています。「岩手には小沢氏を支援する『欅の会』という団体があります。地元の大手ゼネコンの要人が幹部を務める団体で、選挙時には『集票マシーン』として力を発揮する。……ゼネコンにとって小沢さんは別格の存在です。取り入っておかなければ仕事が回ってこないという恐怖心がある。……地元業者は、小沢氏が代表を務める『民主党岩手県第四区総支部』にせっせと献金せざるを得ない。そして年間五千万円以上の巨額なカネが『陸山会』へ上納されている。献金があるかないかが、小沢氏に対する忠誠心の“踏み絵”となってしまうのです」
また、「小沢氏の抱える一番の問題は不動産です。『永田町の不動産屋』の異名を持つ小沢氏の不動産に対する執着は並大抵のものではありません。ざっと挙げると、都内のマンションだけで南青山や赤坂など八物件あり、港区や千代田区、世田谷区などの土地などの不動産と繰越金を合わせた総資産額は三十億円を超えています。看過できないのは、それらの資産形成、蓄財に税金が使われていることです。事務諸費に関して言えば、小沢氏が94年からこれまでに費やした事務諸費は十五億円に上ります。しかし陸山会の収支報告書を見ると、支出は利息の返済等に充てられ、政治活動の項目は全く出てきません。これでは陸山会は不動産業のために存在しているようなものです」と言う指摘のほか、資産相続をめぐる疑惑、「岩手めんこいテレビ」開局をめぐる疑惑、政党の解党、合併による政党交付金をめぐる疑惑など、私たちの知らない小沢氏の金脈を厳しく暴いています。
次に、かつて検察陣のトップとして諸悪を暴く先頭に立ってきた河上和雄氏が執筆した「国策捜査なんて有り得ません」のポイントを紹介しておきましょう。
河上氏は小沢氏が記者会見で「この種の問題で、今まで逮捕、強制捜査というようなやり方は前例がない。異常な手段である」と述べ、民主党の鳩山由紀夫幹事長、山岡賢次国対委員長らが「国策捜査だ」と検察を批判していることについて、「政府の命令で検察が特定の人物を逮捕する、という意味での『国策捜査』は有り得ない、というのが長く検察で仕事をしてきた私の考えです」と、極めて明快です。
河上氏は小沢氏の記者会見での見解に対して法律家の立場から次のように批判しています。「政治資金規正法違反の容疑で公設秘書が逮捕されるのは異例だと言われています。野党第一党の党首の秘書をこんな軽い容疑で逮捕するのか、と。しかし、『虚偽記載』は5年以下の禁固刑とかなり重い罪となる。収賄罪と同じです。政治家が国会で成立させた法律ですから、政治家なら『虚偽記載』が重い犯罪であることを知っているはずです。それを『軽い罪でつかまえるなんておかしい』とか、『手続き上のミスだ』というのは全くの筋違いです。」
そして河上氏は「振り返ると政治家は全く進歩していない。特に小沢氏は、田中角栄、金丸信の下で、親分がああ結う形でやられたのを見てきたはず。しかも、現行の政治資金規正法は小沢氏が作ったシステムでしょう。もっと用心してもよさそうなものです。やはり、小沢氏が傲慢になり、いい気分になっていたから起こった、と言える事件です」と締めくくっています。
最後にもう一つ、3月30日の毎日新聞朝刊のコラム《風知草》で、山田孝男専門編集委員が「模様眺めとは情けない」と題して次のように書いているのを紹介しましょう。
「小沢は『西松建設からの献金の実態など知らない』と終始言っている。が、これが単なるタテマエに過ぎないことは、国会証人喚問で、金丸の事情聴取に反対した理由を(小沢が)述べたくだりを読めば分かる。
『タテマエと本音の違いを法の解釈、運用、執行においてほどほどのバランスをとって運営しているのが日本社会の特徴だと私は思います。政治資金規正法も実態とずいぶん懸け離れた規定がある』(93年2月17日衆院予算委)
2009年3月 4日 『特集・がんで死ぬ県、治る県』 -わが埼玉県は、
『特集・がんで死ぬ県、治る県』
『中央公論』2009年3月号
「“治癒力”地域格差の謎に迫る」 福島安紀(医療ジャーナリスト)
「全都道府県のがん対策ランキング」 植岡健一(がん政策情報センター長)
『中央公論』2009年3月号に掲載された表題の二つの論文は、それぞれ次のようなショツキングな小見出しで始まっています。前者は「最悪は青森、最優秀は長野。実は危ない東京、大阪、埼玉」とあり、埼玉県が「がんで死ぬ県」のトップクラスに位置付けられていますし。後者は「秋田、埼玉、奈良は努力を。計画と予算で島根は突出」とあり、ここでも埼玉県は《がん対策》でも「がんで死ぬ県」のトップクラスとされています。
先ず、福島安紀氏は国立がんセンターの《がん対策情報センター》の資料等の各種資料を分析して、《がん治癒力》《がん予防力》《がん検診力》《がん医療資源機能力》の四つの面から、都道府県ごとの地域格差を分析した説得力のある論文でしたので、その要約と、特に埼玉県の実情がどうなっているかを紹介したいと思います。
冒頭、国立がんセンターのがん対策情報センターが今年1月に発表した、都道府県別の「75歳未満がん年齢調整死亡率(人口10万人対)」が掲載されています。がんで死ぬ人の割合が最も高かったのは青森県(103.7)で、最も低いのは長野県(72.7)ですが、埼玉県(90.1)は47都道府県中、下から14番目の34位です。次に大腸がんの死亡率で見ますと、埼玉県(12.1)は最下位の青森県(13.3)に近い42番目です。また肺がんでは埼玉県(15.7)は、これも最下位の青森県(18.5)に近い38番目です。
《がん治癒力総合ランキング》では、埼玉県は偏差値51.58で23位となっておりトップの長野県の76.26、最下位の青森県の22.97の中間あたりに位置しているようです。著者は、この《がん治癒力総合ランキング》については「予防力、検診力、医療資源機能力で出された三つの『推定死亡率』と全国共通の推定死亡率(定数)を足し、その全国平均値を偏差値50と設定し、各都道府県の偏差値を算出し直した」と述べていますが、この《総合ランキング》について著者は次のように述べています。
「総合1位の長野県は、長寿県で医療費が日本一低い県としても名高い。医療費削減政策の理想を体現しているため、専門家の間では、『長野モデル』と呼ばれる。……県内には、ほぼ全市町村に、健康や検診啓発活動を行う保健指導員がいる。自治体によって多少温度差はあるものの、こうした人材ががん予防や検診や精密検査の受診率向上に 寄与してきた可能性は高い。低いがん死亡率は、住民リーダーや意識の高い医療関係者それぞれが切磋琢磨し長年の努力を続けた結果だったのである。」と。
次に《予防力》では、埼玉県は偏差値50.79で22位。トップクラスは富山県(71.98)、長野県(69.41)。最下位は北海道(23.69)でした。この《予防力》については著者は「予防力では、喫煙率(男女)、肥満率、そして《生活保護の対象者1000人のうち生活保護施設在所者の人数》といった指標を使った。三番目の指標は福祉に手厚いかどうかを見る物差しの一つだ。予防力1位の富山県は、総合2位の福井県と共に豊かで長寿の地域とされる。予防力最下位の北海道と比べると喫煙率も9ポイント近く低い。また、生活保護の対象者の中で生活保護施設に入っている人も多く、福祉に力を入れた政策を取っているとみられる。」と述べています。
次に《検診力》では、埼玉県は偏差値65.48で3位ですが、最後の《医療費資源機能力》では、何と埼玉県は偏差値36.07で全国最下位です。トップは香川県の偏差値77.94で、埼玉県は全国平均偏差値を10ポイント以上も下回っています。この《医療費資源機能力》について、著者は「医療資源とは、診療所や病院、がん専門医、がん専門・認定看護師といった治療や再発予防にあたる場所や人材である。」として、「100万人当たり人口比率で、トップの香川県は呼吸器外科専門医やがんの放射線治療認定医、緩和ケア認定看護師のどれもが上位に位置する、逆に、最下位の埼玉県は、人口に対する医師数と一般病床数が日本一少なく、がんの専門医も不足気味だ。医療資源については、かなり東京に依存している。」と述べています。
もう一つの論文「全都道府県のがん対策ランキング」を見てみましょう。この論文は、著者がセンター長を務める《日本医療政策機構・がん政策情報センター》が行った「都道府県がん対策推進計画」の評価をまとめたものです。この「がん対策推進計画」は、2007年4月に施行された《がん対策基本法》で都道府県に策定が義務づけられたものですが、《がん政策情報センター》では、15の評価項目を設定し、例えば《死亡率》では死亡率削減20%に設定。《検診率目標》では国の検診率50%を超える目標を設定。などそれぞれに評価基準を設けて、《がん対策ランキング》を作成しています。
著者は、このランキングについて分析し、次のように問題点を指摘しています。先ず、「都道府県のがん対策推進計画の中で、最高点だったのは20点満点のうち15点だった島根県だ。島根県は、06年9月に日本初のがん対策推進条例を制定。県内21ヵ所に患者同士が悩みを分かち合う『患者サロン』があるなど、がん対策では突出している。同県では、患者、行政、医療機関、政治家、地元財界、メディアが協力してがん対策に取り組む“六位一体”のサイクルができている。最初に患者が声を上げ、二番目に政治家が動いて条例ができ、医療機関も動きやすくなった。」と評価しています。
そして残念ながら《がん対策計画》作成に関するワースト5の県の中に埼玉県が入っています。埼玉県の《がん対策計画》の評価スコアは20点満点で最下位グループの1点です。そして2007年度がん対策予算(実績)の人口100万人当たりの予算額は、埼玉県は350万7千円で、何と47都道府県中で最下位でした。トップの島根県は11億8千200万円、全国平均で9千500万円です。下から2番目の奈良県でも538万8千円ですから、埼玉県のがん対策は日本一遅れていると言ってよいでしょう。
この《がん対策》の現状について著者は次のように問題点を指摘しています。「1点の埼玉県、福井県、徳島県も独自性に乏しく、あたかも国の計画の引き写しのようで、この計画をみる限り、がん対策の向上はあまり期待できない。……埼玉県は、計画の文面でも予算の面でも《がん対策》に対する積極性が伝わってこない。地理的な要因も絡み、どうせ東京へ行って治療を受ける患者が多いのだからなどと、当事者意識が薄れがちである。大阪の横で計画さえできていない奈良、愛知の横の岐阜など、大都市の近隣ではそうしたことが発生する恐れがあるので、住民はそうならないように十分留意する必要がある。」と、著者は警告しています。埼玉県民は《がんで死ぬ県》日本一の現状を、もっと戦慄を持って認識し、声を上げなければならないのではないでしょうか。
(N生)
2008年6月 9日 『日本が食料を買えなくなる日』
『日本が食料を買えなくなる日』
『中央公論』2008年6月号 柴田明夫(丸紅経済研究所所長)
『中央公論』2008年6月号に掲載された表題の論文は、「小麦が手に入らなくなる?」というショツキングな小見出しで始まり、「この四月、政府は輸入小麦の製粉会社への売り渡し価格を三割引き上げた。……これは日本が食糧不足に陥る序章となるかもしれない」と言う指摘から書き起こして、「もはや食糧は従来のような単なる市況商品ではない。原油や非鉄金属など、枯渇性資源と同様、政治的に利用される戦略商品となりつつある」として、穀物価格高騰の背景の分析に筆を進めた説得力のある論文でしたので、その要約を紹介したいと思います。
氏は冒頭、小麦とトウモロコシの価格高騰の背景を分析して次のように述べています。 先ず小麦については「急激に価格が上昇したのは2006年秋、主要輸出国であるオーストラリアが百年に一度の大干ばつに見舞われたことにより、同国の生産量が前年比6割と大幅な減産となったことがきっかけだ。……世界の小麦の過不足を示す期末在庫率は01年から02年度末には35%と健全だったが、08年6月時点では17・8%と、国連食糧農業機関が定めた安全基準の18%を割り込む見通しとなった。」として、オーストラリアのみならず世界中の小麦の生産不足を問題視しています。
次いでトウモロコシについては、「小麦の需給バランスが崩れて価格が高騰すると、これに連なってトウモロコシの入手も難しくなる。……最近、アメリカなどがガソリンの代替燃料としてトウモロコシを主原料とする《バイオエタノール》の導入を進めているため、急速に需要が伸びていることもトウモロコシ争奪戦をますます過熱させる要因となっている。……アメリカに次いで輸出大国だった中国も、経済成長によって国民の食糧消費が多様化し、畜産物の需要が伸びたことによる飼料の需要増加をはじめ、コーンスターチ、甘味料としての需要が急増している。(中国の輸出量は、2000年時点の輸出量に比較して)現在は30分の1まで減少している。」と問題点を指摘しています。
この結果、氏は「小麦で始まった戦争は、トウモロコシに飛び火した。世界的に原油高が続く中で、トウモロコシで抽出するバイオエタノールだけで不足すれば、今度は大豆油からの抽出も始まるだろう。大豆もまた、日本にとって入手困難な穀物になる危険性は決して否定できない。」とし、「これは決して一時的な現象ではない。中長期的に見ても日本は食糧不足に晒される危険が高いのだ」と警告しています。
さらに氏は、「世界の穀物市場は2000年を境にして、供給過剰から供給不足へと需給構造の転換が進んでいる」として、その構造の分析を進め、「第一には、人口の爆発的な増加があげられる。世界人口は1900年代に入ると俄然ペースを上げる。1950年には25億人と、約100年で2・5倍に増加し、そこからわずか40年後の1990年にはさらに倍の50億人になった。……2050年には90億人の時代に入る。地球が最大限に養える人口は80億人という説もあり、これから先の40年間で人類がどんな事態に直面するのか分からない。食糧の争奪戦がますます熱を帯びることは間違いない。」と指摘しています。
次に氏は「地球温暖化による食糧危機」問題を取り上げ、「昨今、世界の主要穀物産地でほぼ時を同じくして干ばつ、多雨・洪水、台風、ハリケーンなどの異常気象に襲われるという現象が頻発している。……ここ数年は、世界的な高温乾燥天候も常態化し、穀物市況の波乱要因となっている。こうした異常気象の発生は地球温暖化を原因としているといわれているだけに、今後、さらに悪化する危険も高い」上に、「年平均気温が79年から03年にかけて0・75度上昇している。試験水田での92年から03年の収穫データによる分析で、生育期間の気温が1度上がるごとに、コメの収量が10%減少する」という研究結果を紹介し、温暖化の影響を危惧しています。
さらに氏は農地面積の縮小を取り上げ、「世界の穀物の収穫面積が1965年の6億6千万ヘクタールから拡大し続けたが、81年の7億3千万ヘクタールをピークに減少傾向に転じ、2000年代に入ると6億6千万ヘクタール前後で推移するようになっている。ちょうど40年前の面積に戻った。……これは、肥沃な農地の減少、砂漠化、塩害に加えて工業化、都市化に伴って農地を工業用地や宅地などに転用していることが背景にある。大農業国だった中国などが工業化、都市化することによって、今、農地面積の縮小はさらにすすんでいる。」と問題視しています。
また、世界の穀物の増産の背景にある潅漑農業の発展の影響として、「潅漑整備のためには地下水を大量に汲み上げる必要がある。つまり、世界の食糧増産は、地球に対して砂漠化や水資源の枯渇といった水ストレスを加え続けてきた歴史でもある。昨今の食糧不安の高まりにより、世界中で食糧の生産拡大の動きに本格的に火がつけば、皮肉なことにさらに砂漠化や水源枯渇に拍車をかける事態を招くことになりかねない。……最近の国連の報告書によれば、2025年までに世界人口の半分にあたる35億人以上が水不足に直面するという恐るべき指摘もあるのだ。」と世界の水資源の問題点を指摘しています。
氏はこうした分析の上に立って日本の食料問題の問題点と課題に論を進めています。
先ず、氏は「日本は食糧自給率が4割を切っている。6割の食糧を輸入に頼っているということは、その分の食糧生産のために必要な淡水をすべて他国に依存しているということだ。……農地に関しても一割程度にあたる40万ヘクタール弱の耕作は放棄している。特にコメについては農水省は生産調整(減反)を呼びかけている。かなりの規模の休耕田があるのだ。こんな具合に、国内の持てる生産能力を活用する努力をせず6割以上の食糧を海外に依存しているということでは、近い将来、世界的に非難されることがあってもおかしくない。……厳しい国際化の波に対抗するためには、農業の効率化を図ることが不可欠だ。農業の大規模化は急務であり、その過程で一定程度の離農促進はやむをえないという側面がある。」と指摘します。
その上で氏は次のように提言しています。「政府与党は、やる気のある農業を支援し競争力を付けることを目指し07年度に『戦後農政の大改革』として、大規模農業を優先して育てる方針を決定した。ところが、07年夏の参院選で自民党が民主党に大敗し、政府はこの方針を見直さざるをえなくなった。……政府側は大規模農業の優遇措置を貫く勢いを失ってしまった。耕作放棄をした土地をそのままにして、生産調整をしている余裕などないのに、日本政府は世界で始まった食糧争奪戦に危機感を持つのではなく、民主党の大勝の前に崩れ、抜本的な改革に手を付けられずに農政を放棄してしまっている。需給率の向上は喫緊の課題だ。日本は幸いに水資源にゆとりがあり、土地も残っている。せめて、持てる能力を最大限活用できるような政策が必要だ。政争の具にしている場合ではない」と。まさに《頂門の一針》と思われる指摘ではないでしょうか。
2008年2月14日 『危機後の世界で覇権を握るのは誰か』
『危機後の世界で覇権を握るのは誰か』
『中央公論』2008年2月号 田中直毅(国際公共政策研究センター理事長)
『中央公論』2008年2月号に掲載された表題の論文は、「分かっていても手放せなかった」という小見出しで始まり、アメリカでは「サブプライムローン問題によって金融市場に動揺が起きる可能性」が、2006年末の時点で指摘されていたにもかかわらず、「このときITバブルの崩壊が迫っていたため、住宅金融を抑制する手段は取らないという判断を、グリーンスパンFRB議長は行ったのではないか、そのためITバブルの崩壊の中で金利を大幅に下げていくプロセスが起き、皮肉なことに結果として現在の崩壊に至る、住宅市場の最後の過熱過程が始まることになった」と言う指摘から書き起こし、「グローバルエコノミーの新動向と検証を待つ命題群」の分析に筆を進めた説得力のある論文でしたので、その要約を紹介したいと思います。
氏は冒頭、日本のバブル崩壊とアメリカのサブプライムローン問題による金融不安を比較して次のように述べています。「日本の公共事業とアメリカの住宅金融とは、瓜二つといっていいほど似た構造にある。日本では、不況になれば公共事業を増やし、有効需要を維持しようとする政府支出の拡大が続いた。……これに対してアメリカの場合は、伝統的に、住宅金融が経済を引っ張り上げる力として、大きな存在であった。景気が悪くなれば金融政策が緩和に向かい、長期金利も低下し、住宅ローンが借りやすくなり、住宅購入者にとっては絶好の機会が生み出されることになる。……こうした住宅投資の優遇策を政策から外すことは、日本の公共投資と同じく非常に難しいことであった。」
次いで氏は、日本とアメリカの経済政策について触れ、「90年代の経済停滞の後、小泉時代を経て、わが国の公共事業はGDP比で6~7%の水準から、現在の3%程度にまで削減された。同じようにアメリカにおいても、今回のサブプライムローン問題の深刻化の結果、景気後退期においても住宅投資を突出させていく形で総需要を維持するという手法については大幅に後退すると思われる。住宅分野への過剰配分という投資配分のゆがみを正すために、税制措置等を含めて、長い目で見れば構造改革に踏み出さざるをえないといえよう。」として、「今回のサブプライムローン問題は、家計における支出調整というメカニズムを、当然ながら生むだろう。……このことは原油価格の動向にすら反映し始めている。サブプライムローン問題が深刻化した07年8月からは、ドルが下落するとともに、原油価格がバーレル当たり70ドルから100ドルへと40%近くも高騰した。ドルの減価がここへ集約されるに違いないという市場の思惑は明白だった。」と分析しています。
そこで氏は、次のように考察しています。「アメリカにおいて家計部門の調整が起きると、当然、個人消費支出調整が起きる。そのことによって、容易には起きないと言われ続けてきた経常収支赤字の調整が始まる。……日本は経済構造改革を政府部門の圧縮という形で行って来た。アメリカ政府は今後、経済政策にどう関与するのかが焦点となる。……近年、アメリカでは製造業ではほとんど見るべきイノベーションがなかった。国際的に通用するものとしては金融商品だけであった。しかし、この金融商品も……金融工学の魔術を通じて常に10数%の利回りの保証も可能だというのは幻想であることがサブプライムローン問題で表面化した。……グローバル金融のシステムは、再生の過程でアメリカの内部においても、住宅ローンの組成ではない新たな投資対象をベースにした金融商品を作る努力を懸命に行うことであろう。」
氏は続いてグローバルエコノミーの動向分析に入り、先ず中国経済を取り上げ、次のように分析しています。「すでに中国経済においては、労働賃金がついに上がり始め、これに加えエネルギー価格、原材料価格の高騰もあり、コストプッシュ要因が相次いで生まれている。労働生産性の向上でこうした要因を退けるような道筋はまったくたっていない。そういう意味では製品値上げで状況の打開を図りたいところにきていた。ところがアメリカの消費支出調整の影響の方が大きく、中国の供給側に値上げ願望があるにもかかわらず製品価格は値崩れすることになろう。……このことは中国の証券市場において、耐久財も含めた消費財メーカーの株価調整が、当然のことながら一挙に起きる可能性があるということだ」として、「中国における産出と資本ストック量の比率を試みにはじいてみると、異常なほど非効率なことが起きていることがわかる。GDPは確かに急増しているが投資効率は極端に悪い、いわば浪費的投資である。こういう固定資本投資は今後も持続するのか、中国の高度成長の持続性はこの視点から問われる局面に入った。」として、「もし中国が、この浪費的投資構造の分野で調整に踏み出さないとすれば、その後のストック調整や社会の不安定化はより激しいものになるのではないか。」という見方です。
次いで氏は湾岸産油国の経済動向を分析し、「サブプライムローン問題の深刻化によって、アメリカの金融商品の製造機能に相当大きな欠陥があることが認識され、ドル建ての金融資産に売りが相次ぐ形でドル安はさらに加速した。……これ以上追加的に、ドル建ての金融資産に資金を持っていけないと考えたとき、湾岸諸国が選択したのが、中国とインドだったといってよい。……しかし、こうした試みの総体として、安定した収益率を上げられそうなスキームをアラブ湾岸諸国は果たして作れるのか。……まるで、触るものすべてがゴールドになり食べるものがなくなってしまうという、説話の王様のジレンマに陥っているといっていい」と展望し、ブラジルについては、「アメリカのマーケットに依存する中国が、その成長パターンを維持するためにブラジルから天然資源を買う訳だが、ブラジルから見る限り、投資してくるのも鉱産品の行く先も中国ということになり、アメリカ依存から脱却しているように見える。しかし大きな枠組みで考えると、アメリカ経済が調整したときに、中国もまた調整を迫られる訳で、鉱産品市場の市況を維持できる可能性は低い。」と分析し、さらに、「ロシアもまた、国内的な持続性に問題を抱えている。」として、要約してに言えば「外との関係だけで富が発生し、他方、内側では富を作れないというエマージング・エコノミーがもつ問題をロシアも抱えている」と見ています。
そこで氏は、「今回のサブプライムローン問題を発端としたアメリカの経済変動の後、これまで急成長によって世界への影響力を謳歌してきたエマージング諸国(発展途上国)は、本来の内在する矛盾に直面せざるをえない。このように見れば、日本が世界経済の中で何を目指すべきかが見えてくる」として、「日本に、問題を発掘する、そしてこれに産業的な挑戦を続けるという基盤が持続すれば、いったん、世界的に劣後したと言われた金融においてさえ、実物セクターや製造業とと関連した形で、それに必要なインテリジェンス(知恵)を引き出すことができよう。」と提言しています。
2007年10月 1日 家電・IT・自動車産業の分析から中国企業の強さと弱点を明らかにする
家電・IT・自動車産業の分析から中国企業の強さと弱点を明らかにする
丸川知雄著 『現代中国の産業』 中公新書 本体780円
この著作の表紙裏に、著作の内容のごく短い概要が書かれていますので、先ずこれを紹介しておきましょう。「繊維、鉄鋼、電子製品で世界最大の生産を誇り、自動車など日本が得意とする分野でもトップの地位をうかがう中国。あらゆる産業で地場企業が台頭し、聯想、TCLなど外国企業を買収する企業も増えてきた。本書では中国企業の特徴が最もよく現れた家電、IT、自動車という三つの産業から、その強さと弱点を明らかにする。また、中国の産業が拡大するなかで日本企業がどこに活路を見いだすべきかを探る。」
著者は、中国産業の強さと弱点を分析する手法として、冒頭次のように述べています。「中国は多様な側面を持っており、一筋縄では理解できない。とはいっても決して理解不能だとは思わない。……複雑な現実を一刀両断にできる切り口があるかというと、残念ながら私にはまだ見つからない。ただ、本書で提示する『垂直分裂』という切り口によって中国の全身を貫く共通の構造を提示するとまではいかなくても、『胴体を輪切り』にするぐらいはできるのではないかと考えている。つまり、本書で『垂直分裂』と呼ぶ現象のなかに、中国の産業のもっとも中国らしい特徴、その躍進の秘密、さらにはその弱点までもうかがえると思うのである。」
著者は先ず《プロローグ 低迷する日本ブランド》においてテレビを例に取り、90年代初めに人気があった日本ブランドが、90年代後半に奮わなくなった要因として、 中国の主要なテレビメーカーの生産管理能力が向上し、品質が向上したこと。 中国の主要メーカーが生産規模の拡大によるコスト低減を図ったこと。 中国メーカーが販売網やサービス網の構築の麺で日本メーカーに差をつけたこと。の三つを挙げ、更に次のように述べています。「以上、三つの要因はそれぞれに重要だが、それ以上に重要なのは中国メーカーの急速なキャッチアップを可能にした産業構造の変化である。その変化とは、本書で『垂直分裂』と呼ぶ現象である。」
さて、その分析の切り口に使われた「垂直分裂」とはどういうことかについて、著者はこの著作の「プロローグ」の中で次のように述べています。「垂直分裂とは、経営学や経済学でいう垂直統合の逆の現象が起きていることを指す。すなわち、従来一つの企業のなかで垂直統合されていたいろいろな工程ないし機能が、複数の企業によって別々に担われるようになることをいう。垂直分裂が劇的に進行したのがコンピューター産業であった。かつてのコンピューターメーカーは、基本的なICチップの製造や、コンピューターの設計、OSや応用ソフトの開発、製品の販売をすべて自社のなかで行っていた。ところがいまは、すべて別々の企業が担うようになっている。……このように垂直分裂は、特に最終製品の製造販売への参入を容易にする効果を持つ。コンピューターだけでなく家電でも垂直分裂が起きたからこそ、中国メーカーが容易にキャッチアップできたのである。」
そして、著者は次のように述べています。「本書で明らかにしたいことは、中国では垂直分裂がコンピューターや半導体やデジタル機器に限らず、テレビ、冷蔵庫やエアコンなどの白物家電、携帯電話機、。果ては自動車にまでおよんでいるということである。中国での垂直分裂は、単に世界的な潮流の影響を受けて生じたものではない。実は、中国の伝統的な計画経済体制のなかにもそのルーツがある。1970年代までに形成された古い体制と90年代以降の世界の潮流とが不思議に合致し、さらに最終製品を手早く市場に投入してキャッチアップしようという中国企業の志向ともマッチしたことで、中国では垂直分裂が他国に例を見ないほど進展している。しかし同時に、垂直分裂にともなって発生しがちな製品の同質化も著しく、キャッチアップに成功した中国企業が等しくこの問題に悩んでいる。」
例を家電製品に取ると、「日本の大手電機メーカーの場合、家電の最終製品の生産と開発を行うだけでなく、それぞれの基幹部品も社内あるいは関連会社で生産・開発するのが通例である。……ところが、中国の電機メーカーは基幹部品の生産にはほとんど手を出さない。……中国の電機メーカーが基幹部品を垂直統合しない理由は、基幹部品の優秀さを武器に自社の製品を差別化する戦略が、中国市場ではあまり効果がないと考えているからである。中国の消費者の多くはテレビの画面のわずかな違いに高い金を払ったりせず、安価なものを選ぶ。」と言う分析です。
そして著者はこの著作で取り上げた中国の電機産業と自動車産業の分析の上に立って、次のように述べていることに注目したいと思います。
「中国の各産業が日本とは異なる構造をしているのは、従来は中国の市場経済が未発達だから、あるいは地方保護主義などの市場の歪みがあるからだと説明されることが多かった。実際、第5章で見た自動車産業には明らかに市場の歪みがある。だが、第1章の家電産業や、第3章の携帯電話産業などを見ると、。もはや日本の産業体制のほうが絶対的に優位だと断言できない。少なくとも中国ではむしろ垂直分裂型の中国企業のほうが高い適応性を示している。垂直分裂という観点から見ることで、従来は『後進性の現れ』だと簡単に切って捨てられていた中国の産業体制に実は合理的な側面があったことが判明するかもしれない。」
そして更に著者が「日本企業の中国戦略」として次のように提言していることに、この書評の最後に注目しておきたいと感じました。
「中国企業が欲しがっている基幹部品や核心技術を日本企業は持っている。この優位性を生かすことが、日本企業の中国戦略の中心に置かれるべきである。自動車のように基幹部品を囲い込み最終製品に統合した状態でのみ売る戦略が可能であれば、垂直統合的な日本企業とってはそれがベストである。……日本の中小企業はまったく異なったアプローチを考えてもよい。従来中小企業の中国進出と言えば、日本の大企業の中国進出にともなってその部品サプライヤーとして、あるいは日本向けの低コスト生産拠点として中国に工場を建てるというパターンが多かった。だが、中国の垂直分裂的産業構造は中小企業にさまざまな可能性を与えている。中国企業のように基幹部品を買って来て最終製品を作ることもできるし、中国企業に部品やサービスを供給することもできる。」
これからの日本企業の中国戦略のみならず、日本政府として今後の対中国産業政策を考える上でも、多くの問題提起がなされている著作だと感じたことを記して、今回の書評を終わりたいと思います。 (N生)
2007年5月 1日 大河ドラマの主人公「山本勘助」の徹底検証
大河ドラマの主人公「山本勘助」の徹底検証
山梨大学講師・平山 優著『山本勘助』 講談社現代新書 720円+税
NHK大河ドラマは、昨年の山内一豊とその妻千代のドラマから今年は『風林火山』に代わり、このドラマの主人公山本勘助や武田信玄を扱った著作が何冊も書店の店頭を賑わしています。その中で特に、歴史資料がほとんど実在しない山本勘助に関する著作の大半は、残念ながら、後世に創作された軍記物『甲陽軍鑑』の記事に伝説を加え、いかにも歴史らしく繕ったものが多いようです。
著者は、この本を書いた立場を、「本書では、山本勘助について、後世にほどこされた粉飾をすべて取り払うべく、あえて『軍鑑』のみに依拠して、詳細に彼の活躍や言動を紹介していきたい。これまでの山本勘助に関する論著は、『軍鑑』をもとにしながらも、彼が登場する部分をすべてにわたって検討したものは残念ながら一つもない。……本書は、これまで『軍鑑』に詳細にあたったうえで山本勘助を紹介した著作が存在しないことを念頭に置き、『軍鑑』に忠実に向き合い、勘助にまつわる記述をじっくり読み込んでいくことでその実像を明らかにしたい」と「序章」で述べていますが、まさにこの著作は、「歴史」として読める勘助本と言ってよいと思います。
この本は先ず、「序章 虚構と史実のはざまで」で、これまでの歴史学が山本勘助という人物をどのように認識しているかについて、各種の歴史辞典を調べた結果、「勘助は、 武田信玄の軍師で、 三河国の出身であり、 隻眼で片足も不自由であったが、 信玄の信頼を得て活躍し、 晴幸の諱を称したとされ、 川中島の合戦で戦死したという。 だが、実在の人物かどうかは不明……。これが、山本勘助のおおよそのプロフィールということになろうか」と書き出し、「勘助の実在について、辞典類の記述が『証拠がない』と歯切れが悪いのは、『軍鑑』という書物の評価と密接に結び付いている。……歴史資料としての『軍鑑』の評価は決して芳しいものではないのである」として、『甲陽軍鑑』成立の経緯や、近代歴史学で『軍鑑』の歴史的価値が否定された経緯、武田信玄の書状の中に、「山本勘助」と一字違いの「山本菅助」なる人物が、信玄の使者としてしたためられている『市川文書』発見によって、『軍鑑』の見直しが進められた経緯などが述べられています。 次に「第一章 『甲陽軍鑑』が語る山本勘助の生涯」で、『軍鑑』が山本勘助の経歴についてどのような記述をしているかを初めとして、勘助の生い立ち、ドラマチックな武田信玄との出会い、合戦での活躍から、信玄が上杉謙信と戦った最後の合戦、川中島の戦いで勘助が信玄に作戦を進言した「啄木鳥戦法」が、謙信に見破られて大苦戦を強いられた責任を取り、勘助が上杉軍に切り込んで戦死する経緯を、『軍鑑』の記述を中心にして紹介しています。
第二章から第四章は、山本勘助の戦略・戦術、築城など、武田家内での活躍ぶりについて書かれており、軍事や人事などに関する山本勘助と武田信玄との対話など、ドラマでは描かれない興味深い内容が紹介されており、この著作の本論とも言うべきところと言えるでしょう。 しかし、この本論にあたる第一章から第四章の内容は、歴史的検証によって史実を探求したものではなく、あくまでも『甲陽軍鑑』の描いた山本勘助を紹介したところであり、ここを読むときには、少々繁雑でも、巻末に掲載されている『甲陽軍鑑』と史実の対照年表を参照することが必要でしょう。
大河ドラマでは、軍師であり策士でもある山本勘助の活躍が面白く描かれていますが、実際にはその存在だけが辛うじて確認されているだけで、事跡については皆目分からない人物を「歴史」として著作することは容易なことではありませんが、『甲陽軍鑑』とその周辺の資料を使って全体の構成を「歴史」の文献として著作した著者の姿勢には敬服するばかりでなく、この著作を読むことによって大河ドラマ『風林火山』もまた面白く見ることができていることを感謝したいと思いました。 (N生)
2007年2月 1日 『成長の果実はあなたに回ってくるか』
『成長の果実はあなたに回ってくるか』
『中央公論』2007年2月号 熊野英生(第一生命経済研究所主席)
『中央公論』2007年2月号に掲載された表題の論文のリードは、「いざなぎ景気超えで経済成長が続いているというが、個人消費の世界は全くの不況。もはや、かつての繁栄の方程式は失われた」と書かれています。この論文が総務省の統計などによる分析を駆使した説得力のある内容でしたので、その要約を紹介したいと思います。
氏は冒頭「このところ改めて消費不況の深刻さを実感させられる」と書き出し、消費が盛り上がらない理由について「主役になれない家計部門」として、次のように指摘しています。
「消費が盛り上がらない理由について、通説では『企業収益から給与増加への還元が遅れているからだ』とされる。この発想には、企業は5年連続で増益なので、そろそろ給与を増しても当然だと考える暗黙の前提がある。しかし、企業の活況の恩恵が家計に『したたり落ちてくる』という関係は必然ではない。……景気拡大の始期から現在まで、企業部門の需要は1.29倍に拡大したのに対し、家計部門の増加はプラス4.5%だった。成長の牽引役が企業部門に偏っているため、実質GDPに占める家計部門の比率は2001年末60.4%から最近は57.3%へと大きく低下している」
そこで氏はその理由を分析し、次のように考察しています。「最近の消費鈍化の背景には、所得環境もさることながら、株価上昇の勢いが衰えたことも影響が大きい。単純明快に、家計調査の消費支出と日経平均株価の前年比伸び率を重ねると、二つの折れ線の山と谷がきれいに連動する」として、この結果「株価上昇の資産効果は、家電販売、ブランド品等身の回り品、婦人服・紳士服、外食といった選択的消費をかさ上げする作用がある」として、次のようにデータを示しています。
「総務省の家計調査で勤労者世帯の所得階層別の消費支出の変化をみると、上位20%の高所得世帯では、株価上昇に連動するかたちで、2005年秋から2006年夏まで消費拡大が目立っていることが見て取れる。だが、ほかの所得階層では2006年中にかけて消費は減少傾向にあった。……資産効果が剥落した後は、高所得世帯の消費が他の世帯と同じような抑制的スタンスに変わった。ここにきて個人消費の弱さを説明するために賃金に注目が集まるが、本当は今も昔も賃金の伸びが鈍いという図式は変わっていないのである。」
次いで氏は、「人手不足でも賃金が上昇しない謎」として次のように分析しています。「有効求人倍率は2005年秋から1.00を超え、求職者数が求人数を上回って需要超過状態にある。ところが、専門的・技術的職業の正社員の求人数は22万人の不足、サービス・保安関係のパートは20万人の不足である。反面、事務的・管理的職業は38万人の剰余になっている。事務的・管理的職業の人員剰余は、大企業がIT活用による事務合理化、組織のフラット化、業務のアウトソーシングを進め、構造的にホワイトカラーの需要を減らす改革をしたことが背景だ。……大企業に内在するホワイトカラーの剰余感が、正社員のベースアップを躊躇させる原因になっている。」
さらに氏は消費低迷の理由として「非正規雇用者であることが消費を増やさないミクロ的基礎をつくっている」と指摘しています。「非正規雇用者は自分の賃金が高まっていく期待感を持たないので、消費行動が時間的・空間的に分断されて抑制的になる」として、「実際に、非正規雇用の30歳未満の独身者を例にとって、消費行動のデータで検証してみると……若年の非正規雇用者は、家賃とIT支出の負担に圧迫されて、家事・医療・読書には基本的にお金を使わないスタンスなのだろう。消費者の低価格志向が強まっているのではなく、底賃金だから低価格商品しか選べない消費者が増えてきている。『賃金が増えないから個人消費には火がつかない』と平面的に考えがちだが、不安定な雇用形態が消費構造を変質させているのである」
次いで氏は2007年以降の団塊世代の退職について分析し、「2007年以降の団塊世代が手にする資金量はマクロ的に非常に大きい」と見てはいますが、「反面、退職者は消費支出全体では支出額を切り下げている。総務省の家計調査では、世帯主50歳後半の年間消費額が394万円なのに対し、退職金を受け取った後の60歳代前半では363万円と低い。……高齢無職世帯では、60歳代前半に勤労期に膨らませた消費水準を切り下げることができずにいるが、数年が経つと家計収支が悪化して、強制的に過剰消費を見直すことを余儀なくされる。結局、団塊退職は中長期的にはマクロの消費を減少させる効果を持つ」としています。
さらに氏は、「もうひとつ、消費構造の変化として特徴的なのは、一貫してサービス化が進んでいることだ」として、総務省の事業所・企業統計から「2001~2004年にかけて従業員数が卸小売業全体では106万人の人員減少になっている。一方、サービス分野では、医療福祉業がプラス48万人、教育・教養・学習支援がプラス5万人と増加している。……こうしたサービス消費へのシフトは、中流階級の『モノより自分なりのライフスタイルを支援してくれるサービスが欲しい』という空間的欲求の高まりを反映しているように思える。……こうしたサービス消費へのシフトが、モノの消費を節約しながら増加しているところに、伝統的な消費産業の不振の理由もあるのではないか」と分析していますが、消費のサービス化について、氏は次のように提言をしています。
「今後の消費動向に関しては『団塊世代の退職が消費ブームを巻き起こす』とか、『企業収益が拡大していけばそのうち消費も盛り上がる』という楽観論を戒めたい。」「冒頭株価上昇の資産効果の剥落が消費の低迷を招いたと指摘したが、過去10年間、小売業の活況はもっぱら資産効果に依存していた。資産効果でしか消費拡大が期待できない体質は不健全と言わざるを得ない。この体質を改めるには、消費のサービス化が進む中で、サービス消費の付加価値を高めて、勤労者の賃金を上げるというリンケージを強める方向性を志向することが打開策になる。ただし、そのときに立ちはだかるのは、消費者と企業は双方ともに『サービスはタダだ』という感情だ。そこに挑戦することが真の経済成長戦略の課題である」と。
政府も日銀も、金利引き上げ政策の選択は、今少し消費動向を見極めた上でと慎重にならざるを得ないような日本経済の現状を考えるときに、この分析と提言は貴重なものだと思いました。(N生)
2007年1月 5日 狂歌
・社保庁さん 国年将来 不安大 年金財政 不安大
・社保庁さん 政治の欠陥 身にうけて 言い訳代弁 政治逃げ腰
・平和ぼけ 経済大国 第2位と おだてられ寄付 国債800兆
・ある国や 国旗燃やされ 腹立てず 心広きか ぼけ病なるや
・平和ぼけ 立法司法 行政と 三権さんも 油断大敵
・平和ぼけ 立法政治 ぼけ気付き 会議熱心 国民注目
・平和ぼけ 困る事あり 非道徳 犯罪多発 人道忘れ
・平和ぼけ 愛国心が 問題に いまさら宿題 ああなさけなや
・愛国心 理屈こねて 愛はぼけ 他国注目 お笑いをうけ
・平和ぼけ 政治発言 美言満ち 実行欠けて 言葉で終わり
・平和ぼけ 弱腰外交 恥ずかしや 歴史2千年 先祖忘れるな
・高齢者 医療と介護 大多忙 高齢独居 激増時代に
・高齢者 延命措置や 有り難し 天寿と医療に 厚く感謝し
・小子の世 産めよ増やせよ 声聞けど 時の流れは 産むのを避けて
・平和ぼけ 自由が過ぎて 身勝手に 犯罪多発 考えなおし
(津田氏)
2006年9月 1日 「変人」政治家が なぜ「戦後最強の宰相」となり得たのか
「変人」政治家が なぜ「戦後最強の宰相」となり得たのか
清水真人著 『官邸主導』 日本経済新聞社 本体1900円
今月は、今年9月に自由民主党総裁の任期満了を迎えた小泉純一郎氏の政策決定システムが、どのように構成されて行ったかを探った渾身のノンフィクション『官邸主導』を紹介することにしましょう。
先ずは、「毎日新聞」書評欄に掲載された《批評と紹介》の文章から数行を紹介することにします。
「様々な『小泉純一郎(首相)論』が出されているが、本書は小泉政権での政策決定過程に焦点を当てそこから『強い首相』が出現した訳を分析している。視点が実に新鮮だ。経済にも強い政治部記者でもある著者の特性が生かされている。小泉首相だけが『強い首相』になれたのは、小選挙区制とマニフェストの導入、それに経済諮問会議発足を『三種の神器』にしたのが力の源泉と指摘する。卓見だ」
著者は1964年生まれで、東京大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社、この著作について著者は、「まえがき」の中で「本書は官邸を舞台に過去十年の日本の政治史、とりわけ政策決定メカニズムの変遷の検証を試みたドキュメントである。……主要なプレーヤーたちの動きの検証に徹し、現実の政治の流れに即した物語を描きながら、結果として政策決定メカニズムが『官邸主導』へと変革を遂げてきた過程を俯瞰できるように心掛けた」と述べていますように、このドキュメントは1994年6月の村山内閣の発足から、2005年10月の第3次小泉改造内閣発足までの11年間の自由民主党における政策決定メカニズムの変遷を詳細に検証したもので、本文404頁に及ぶ大著ながら、大河ドラマさながら最後まで息も継がせずに読ませる内容となっています。
『官邸主導』の政治手法について著者は先ず、第2次橋本内閣における梶山官房長官と与謝野官房副長官のラインが生み出した『財政構造改革会議』を官邸に創設するシステムから説き起こしています。
著者は著作の「終章」で要約していますが、「有力な閣僚、首相経験者や与党首脳陣をそろってメンバーに取り込む『財政構造改革会議』を官邸に創設し、首相の目の前で透明度の高い議論をし、トップダウンでいきなり改革の大方針を決めてしまう。派閥領袖クラスの実力者を官邸に引き寄せて全員に責任を負わせ、『用心棒』とすることで族議員や各省庁の反発を封じ込める――55年体制下で営々と続いてきた縦割りで下から積み上げる政策決定方式を逆転する独創的な手法だった。時の政権が最も重視した政策決定に限定した取り組みにとどまったとはいえ、官邸と自民党の『双頭の鷲』の二重権力構造を事実上、一元化し、官邸主導のトップダウンで改革を断行することの有効性を如実に示したモデルケースだった」この手法を、小渕、森政権を経て、2001年4月に発足した小泉内閣がどう発展させて『強い宰相』を実現したかがこの著作のテーマとなっています。
著者は小泉の『官邸主導』について、「小泉は首相官邸主導の手初めとして、本来、首相の専権事項であるべき閣僚などの人事権を徹底的に使った。舞台装置や道具を調える前に、まず『やればできる』宰相としての権力の行使である。それが『強い首相』への第一歩だった。小泉が派閥の均衡や年功序列を無視して独断専行の人事を繰り返した結果、各派閥はガタガタに崩れ、党内秩序はとめどない液状化現象を起こしていった。……官邸の統制が党執行部にも確実に及び、反乱が起きにくい体制を確立した。それは、やはり首相の専権事項であり、倒閣運動への最大の抑止力となる衆院の解散権を自在に発動しうる環境の整備が隠れた狙いでもあった」と見ています。まさに『郵政解散』はその象徴と言ってよいでしょう。
郵政解散について著者は、「衆院解散・総選挙にためらいなく打って出た小泉はそこからまたも独創的な仕掛けに出た。郵政反対派を公認せず、賛成派候補を全小選挙区に擁立する『刺客』戦術。……迷わず突き進む小泉には『非情』の声が飛び、『自民党をぶっ壊す』の公約を文字通りに実行に移したかに見えた。…… 常識破りとも映った裏側には小選挙区制選挙、そしてマニフェスト型選挙の特質を見抜いた小泉の冷静なリアリズムがやはりある。次々と打った手は『やり過ぎ』『マジック』とも言われたが、奇手に見えて実はマニフェスト型選挙のセオリー通りでもあった」と総括をしています。
こうした『官邸主導』型の小泉改革は、確かに旧秩序の破壊が先行していますが、新しいメカニズムの創造までは至っていないとも言えます。『独裁者』政治ではなく、また旧来の派閥政治でもない、それに代わる新たな権力構造が構築されなければ、小泉改革は自民党を破壊しただけで終わってしまいます。著者はこの点について、「終章」で幾つかの提言を行っていますので、最後にそれを紹介しておきましょう。
一つは「マニフェスト型選挙の真の貫徹と、それを軸とした首相主導の政策決定メカニズムの進化に向けて、次の総選挙に向けた今回のマニフェストの実行過程の検証と、次のマニフェストづくりのサイクルこそが重要になる」と言う提言です。
そして著者のもう一つの提言で注目されるのは「地方の変化」への対応です。著者は、「地方の草の根からも政治の構造的変化を加速する動きが出てきた。…… 『ローカル・マニフェスト』運動である。ローカル・マニフェスト運動は地方が中央を補助金削減、税源移譲などの三位一体改革で激しく突き上げる原動力ともなりつつある。補助金が減れば、国会議員による地元への利益誘導の余地も減る。中央省庁の官僚の仕事も減る。地方で選挙に大きな影響力を持つ首長や地方議員の意識改革が進みローカル・マニフェスト運動が三位一体改革を加速すれば、それは『地方から国を壊す』ような革命性をはらんでくる」と提言しています。これは重要な提言だと思いました。
自民党総裁選挙もいよいよ立候補予定者が出揃いました。小泉総理の後を誰が継ぐにせよ、小泉総理によって推進されて来た『政治改革』を、さらに一層推進して、官僚主導の政治を《草の根》に基盤を置いた政治への視点で確立して行くことを期待したいと、この著作を読んで痛感しているところです。 (N生)
2006年7月 1日 子ども部屋に侵入した ゲーム、ネットという麻薬
子ども部屋に侵入した ゲーム、ネットという麻薬
岡田尊司著 『脳内汚染』 文芸春秋社 本体1600円
今月は、今年4月毎日新聞の書評「今週の本棚」紹介された驚くべき著書『脳内汚染』を紹介することにしましょう。
先ずはその鹿島茂評の冒頭の数行を紹介します。
「本書は、日本が直面している社会現象、すなわち、キレやすい子供、不登校、学級崩壊、引きこもり、家庭内暴力、突発的殺人、動物虐待、大人の幼児化、ロリコンなど反社会的変態性欲者の増大、オタク、ニートなどあらゆるネガティヴな現象を作り出した犯人が誰であるかをかなりの精度で突き止めたと信じるからだ。」
著者は1960年生まれで、京都大学医学部卒業後、同大学院で高次脳科学や脳病態生理学の研究に従事し、現在は京都医療少年院に勤務して精神臨床の最前線で、若者や少年の精神的な危機と戦っている精神科医で、この本を執筆した動機について著者は、「エピローグ」の中で「少年犯罪の問題の根底に横たわっている原因を探ろうとしたことにあった。だがもう一つの理由は、もっと普通の子どもたちや若者たちに見られる、何とも不甲斐なく悲しい状況に、やり場のない思いを抱いていたことである」と書いています。そして次のように述べています。「何が起こっているのか、私も最初からすべてを理解していた訳ではない。ただ、腑に落ちない思いにとらわれながら、その正体を見極めていく中で本書に述べてきたような事実が次第に明らかになってきたのである。ゲームやネットが、利用の仕方によっては麻薬と同じような作用を及ぼすことを理解していただければ、子どもや若者たちに起きている事態も納得がいくはじである」
著者が「その正体を見極めていく」作業の中心においたのは、「プロローグ」の中で、「本書の成立に当たっては、メディアの若者たちへの影響の実態の正確な把握が不可欠であった。その点において、日本における調査や研究は、大変貧しいものと言わざるを得ない。総務省はじめ、各機関の行った調査が参考になったが、中でも、非常に有益なデータを与えてくれたのは、家庭教育サポーターで、大阪府寝屋川市のスーパーバイザーでもある魚住絹代氏が、寝屋川市教育委員会や長崎県教育庁、東京都の中学校の協力を得て実施した、認知などへのメディアの影響に関する大規模なアンケート調査の結果であった。」と書いてあるように、本書の構成の柱には、この「寝屋川調査」が用いられ、論理構成の根拠に「寝屋川調査図表」を用いています。
例えば、「無慈悲で、攻撃的になる世界」の節では、「寝屋川調査ではゲームを長時間する子どもでは、『人は敵か味方かのどちらかだと思う」とこたえた子どもの割合が、ゲームをあまりしない子どもでの割合より、約2.5倍多かった。多くの悲劇は、攻撃性そのものによってよりも、この二分法的な考えに基づく、単純な善と悪という原理からしばしば由来する」と言う、ゲームによる二分法思考の影響の結果、寝屋川調査で「暴力シーンを見ると、とてもワクワクする」と答えた子どもの割合が、「図4のように、2時間を超える人では、『とてもワクワクする』と答えた人の割合が増加し始め、4時間を超える人では顕著に高くなった」という、図表を見て納得できる結論が導き出されます。
著書によると「寝屋川調査(対象4,762人、有効回答数3,555人)は、中学生とその保護者を対象に、より詳細に、さまざまな角度から、メディアに依存する子どもたちの実像に迫ったもので、これまで行われたメディアの影響を調べたものとしては、画期的なものと言える」として、「長時間ゲームやネットに耽る子どもと、あまりしない子どもを比較し、前者の特性としてこの調査結果が指摘している点は、非常に多面的なものであるが、人格の特性、つまり認知や情動、行動の傾向についてみると、およそ次の点に要約されるだろう」として、次の12点を挙げています。
・否定的な自己像と現実的課題の回避
・対人脚気意における消極性
・二分法的な思考と過度な完璧主義
・対人不信感や基本的信頼感の乏しさ
・傷つきや復讐へのとらわれ
・抑圧傾向と攻撃性、サディズム
・共感性や状況判断力の不足
・自己特別視の傾向
・無気力・無関心な傾向
・依存心の強い傾向
・多動性、衝動性、不注意
・気分の変動、爆発性
著者はこの寝屋川調査結果のデータに基づいて「このように、ゲーム、ネットなどのメディアに耽ることが、子どもたちや若い世代に指摘されている多くの問題点と深く関係していることが示されたのである。……そして、こうした影響をさらに深刻にしているのはそれぞれのメディアがもつ嗜癖性の問題である」と指摘しています。
さらに、このデータが示すものは「このように、長時間の映像メディアの利用、ことにゲームやインターネットの耽溺的な利用をする人では、(脳の)前頭前野の機能低下の傾向があることがわかったのである。……コカインやマリファナなどの乱用が長期にわたるにつれ、前頭前野の機能が低下してくることは、多くの研究によって裏付けられている。薬物乱用の常習者は、ますます正常な判断力を失い、危険に無頓着になり、使用にブレーキがかからなくなっていく。ドーパミンのリリースを高めるという点では同じ作用を持つゲームに長時間熱中すれば、同じようなダメージが生じたとしても不思議はない」と指摘して、次のように警告しています。
「子どもに、LSDやマリファナをクリスマス・プレゼントとして贈る親はいないだろう。だが、多くの親たちは、その危険性について正しく知らされずに、愛するわが子に、同じくらいか、それ以上に危険かもしれない麻薬的な佐用を持つ『映像ドラッグ』をプレゼントしていたのかもしれない」と。そして、この麻薬的危険性と併せて、長時間のゲーム耽溺によって「子どもの二度とない貴重な時間が奪われていくのだ。……だが、中毒状態になりかけの子どもは、もうそのことしか頭になく、いくら保護者が注意し言い聞かせても、自分で行動をコントロールすることは非常に困難なのである」と。
恐ろしい警告ではないでしょうか。確かに日本の経済発展の上で、コンピューター・ゲームやインターネットが果たしている経済効果は莫大なもので、業界関連企業サイドからは、こうした《脳内汚染》警告への反論もかなり聞かれます。しかし何よりもこの著作に掲載された「寝屋川調査」のデータは、極めて重い意味を持っていると私は感じました。一読に値する貴重な著作だと思います。 (N生)













